松田道雄先生と肘内障

 1979年(昭和54年)のことです。『私は二歳』(岩波新書、青版、410)を読んでいると、「肩が抜けた 疼痛マヒ」の項目がありました。内容は肘内障のようなのですが「これは疼痛マヒといって、何もせずそのままにしておけば3,4日したらひとりでに動くようになる」と書かれていました。「疼痛マヒは肘内障ではないのでしょうか。肘内障ならほっておいてはいけないのではないでしょうか」と著者に手紙を出しました。

 3ヵ月後に「あそこに書きました「疼痛まひ」の一部は肘内障にかさなります。ご指摘のように肘内障は即座に治せますから、次の版を増刷するときには御言葉のように改めたいと思います」とのご返事を戴きました。そして別便で『育児の百科』(岩波書店)をお送り戴いたのでした。その書の「肩が抜けた(肘内障)」の項には文末に「肘内障は接骨師がいちばんたくさんみていて、その名声をささえている。外科に行って、いくたびにレントゲン写真をとられるのだったら、接骨師でなおしてもらった方が安全だ」とありました。私は「肘内障だけでなく名声を得るように努力したい」と皮肉まじりの礼状を送りました。

 松田先生は1998年(平成10年)に亡くなられました。その新聞記事を見て、先生が患者の立場に立った医療を進める在野の医学者であり、偉大な思想家であったことを知り、自分の無知に身の縮む思いでした。
小児科医としての先生は医療の押し付けではなく、昔からの子育ての知恵の再評価を試みる、パターナリズム弊害に目を向け患者、看護婦の役割の大切さを説くなどされました。先生は人々のために良い医療はどうあるべきかを真剣に考えられ実行されていたのです。その一つがこの肘内障に対する記述となって表れたのだろうと拝察します。医師の世界からの反発は承知の上で、でもレントゲンをその度に取られることの危険に子供をさらさないようにとの思いで、先生は書かれたのでしょう。確かな理念と強い意志が無ければできないことだと考えます。そのような先生に対して「肘内障だけでなく名声を」とはなんと失礼なことをしたのかと今考えても冷や汗の出る思いです。

 『育児の百科』は版を重ね現在も本屋の店頭に並んでいます。肘内障の記述も同じです。私の今後の仕事を考えるときに松田先生の生涯に渡るお仕事に学ぶことが大切だと考えています。患者さんの立場に立つことはもちろん(大変難しいのですが)、民俗医学の知恵の採取、再評価をテーマに学んで行きたいと思っています。先生から戴いたお手紙は私の宝物となっています。


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